2017年4月11日火曜日

杉浦醫院四方山話―502『春の庭園で春の鐘』

 この季節、テレビも新聞も「桜」の話題ばかりで、花見に行かないのは日本人じゃないみたいな感じですが、桜も酒も冒涜しているような花見と称した宴会も含め、果たしてどれほどの人が桜を愛でに花見に行っているのか?その辺の正確な統計も報じて欲しいと思う今日この頃です。

まあ、桜の名所に足を運ばなくても日本には至る所に桜はありますから、身近な桜を手軽に観賞するのも興あることと思います。そんな意味では、 杉浦醫院庭園も春真っ盛りですから「お見逃しなく」とご案内いたします。先ずは、庭園に咲く花木の写真を5枚貼りますので、クリックしてご覧ください。

  

 「ポツンと一本咲いている山桜を一人で観るのが好きだ」と書いていた立原正秋の代表作に「春の鐘」があります。散りゆく桜を彷彿させる滅びゆく日本の美しい情景の中に男と女の移ろいやすい愛を重ね、大人の愛の宿命を描いた作品です。

 立原亡き後、「南極物語」の蔵原惟繕監督が映画化しました。舞台は原作どおり古都・奈良で、男と女のどろどろした愛の営みを、古都の美しく静かな世界の中で対比的に描くことで、無常観を一層漂よわせた名画だと個人的には思っています。


 題名も「春の」ですから、自然に平家物語の「祇園精舎のの声 諸行無常の響きあり」が連想され、二重三重にも計算された作品のように思いますが、春=桜花=無常だからこそ「バカ騒ぎの花見」に酔いたくなるのでしょうか。

また、桜は新たな門出を祝う花でもあるようですが、それも含めて諸行無常観が募るのは、矢張り寄る年波のせいでしょう。


「ぎおんしょうじゃのかねのこえ しょぎょうむじょうのひびきあり」「ゆくかわのながれはたえずして しかももとのみずにあらず」「ぎおんしょうじゃのかねのこえ しょぎょうむじょうのひびきあり」「ゆくかわのながれはたえずして しかももとのみずにあらず」 しつこいのも歳のせいです。