2017年2月9日木曜日

杉浦醫院四方山話―495『マイナスネジ・プラスネジ』

 来館した見学者を案内していると見学者の視点や興味から、教えられることも多いのが、この仕事の面白さでもあります。

過日、ご夫妻でお見えになったご主人は、大変な「物識り」で、展示品ごとに色々ご教示いただきましたが、今回はネジについて紹介します。

 

 当ブログでも何度か紹介してきた応接室のピアノを案内した折「そうだね。これは歴史的なピアノだ。全てマイナスネジだもん」とピアノに使われているネジに着目しました。

「戦前のモノはすべてこのようにマイナスネジです。日本でプラスネジが使われるようになったのは戦後で、ホンダの創始者・本田宗一郎がヨーロッパから持ち帰って広まったっていう話だね」と。

「それでは」と、昭和4年建築の当館の建具や家具等のネジを確認すると御覧のように全てマイナスネジでした。

 

「長崎のグラバー邸の修復工事はひどいね。グラバー邸は日本最古の木造洋風づくりでしょう、ネジは使ってもマイナスじゃなければダメなのにプラスネジで修復されてるんだもの話にならんよね」とのご高説も。

お説の通り、村松貞次郎著『無ねじ文化史』によると、「江戸時代の工業製品にはネジの使用例はなく、江戸時代とは「ネジ無し文化」の時代である」とありますから、江戸末期に作られたグラバー邸にネジが使われ、ましてプラスネジとは「話にならん」ですね。


 要は、ネジを製作するには、優れた工作機械が必要だった訳で、ネジを作るという事が江戸時代はできなかったからこそ、ネジや金物を必要としない「木組み」等の工法も発達したのでしょう。


 プラスネジは、1935年(昭和10年)にアメリカの技術者ヘンリー・フィリップスによって発明されたそうです。この発明もマイナスネジはドライバーが滑ったり、ネジの溝が潰れたりして、そのたびに腹を立てた彼が「なんとかならないか」と考えた結果だそうですから、「必要は発明の母」は万国共通ですね。

 

 自称「アンティーク家具」なども使われているネジ一つで真贋がバレそうですが、こういう物識り家は、「目利き」でもあるわけです。

 腕時計は、まだマイナスネジしかなかった1920年代に誕生しましたから、ヨーロッパを中心とした歴史的な高級腕時計は、全てマイナスネジで職人たちのハンドメイドだったそうです。

そこからマイナスネジは高級腕時計の証となり、現在にも引き継がれていますから高級感を演出したり、アンティークなデザインにはマイナスネジは欠かせないネジですが、締めの強度や使い勝手の良さから、現代ではプラスネジが主流となっているようです。