2013年10月12日土曜日

 杉浦醫院四方山話―282 『史蹟名勝天然紀念物-1』

 昭和町を流れる鎌田川の源氏ボタルは、虫体と光源が大きく、数も多く、発生地域も広いことで、日本を代表する源氏ホタルとして知られていました。                      昭和3年には、この源氏ホタルが、押原連合青年団の手で多摩御陵に献納され、大正天皇のみ霊を慰め、昭和5年には、文部省(当時)から史名勝天然念物の指定を受けました。しかし、地方病終息に向けた水路のコンクリート化や駆除薬などによるミヤイリガイ殺貝活動で餌になるカワニナも死滅し、ホタルも姿を消して、昭和51年史名勝天然念物の指定も解除されました。                                                   純子さんは、母屋座敷蔵の収蔵品の整理を「目が衰えてからで遅すぎますね」と云いながらも旧知の永関さんや橋戸棟梁夫妻が見えると手伝ってもらいながら進めています。       昨日も、「こんなモノが出てきましたが・・」と昭和8年5月19日付けで、西条村外一箇村組合長杉浦健造が、文部大臣鳩山一郎殿に提出した「史名勝天然念物鎌田川源氏蛍発生地保存施設費追加補助申請」書を持参くださいました。
 
 鎌田川の源氏ホタルが「史名勝天然念物」に指定されたのは、「史名勝天然念物保存法」と云う法律が大正8年6月に施行された結果です。この法律が制定された背景も前々話の内田樹氏の指摘とも重なります。
 日清・日露戦争に勝利した日本は、急速に近代化、資本主義化がすすみ、各地で工場や鉄道建設の土地開発がおこなわれ、それにともない、その土地にあった文化財の多くが破壊されました。その反省と列強5カ国に並ぶ日本文化の独自性を発揮していく意味でも、欧米にならって、各地の文化財を保存していく法整備が必要になり、イギリスに留学経験のある黒坂勝美東京帝大教授が、保存すべき対象として国史学で用いられることの多かった「史」の語を、ドイツに留学した東京帝大三好学教授は、「天然念物」の語をそれぞれ提案した結果、法律の名称は、両論併記に「名勝」も加え、「史名勝天然念物保存法」と長いものになったそうです。
現代表記では、史は「史跡」、念物は「記念物」ですが、当時の法律は赤字のとおりです。
 
 ですから、「史名勝天然念物鎌田川源氏蛍」は、「史蹟」と「名勝」は付属で、「天然紀念物」としての意味合いで指定を受けたのでしょうが、法律の正式名称から「史名勝天然念物」となりましたから、鎌田川のホタル祭り会場付近を史跡名勝にふさわしく整備していこうと発生地保存施設費用の追加補助を文部大臣鳩山一郎宛に申請したのが今回の書類でしょう。