2012年2月22日水曜日

杉浦醫院四方山話―118 『お帳面』

 純子さんが「これは、木綿屋さんのお帳面ですが・・」と昭和17年の「薬種之通」と表書きされ、裏には「杉浦醫院御中 成島治平」と記された和綴じの「お帳面」を持参下さいました。純子さんが極く自然に発した「お帳面」という言葉、はて何十年ぶりだろう・・と、感激してしまいました。
 昭和も30年代までは、品物だけをもらって、帳面につけておき盆と暮れに清算する掛け売りがありました。お盆と暮れに店の人が集金に来ても「これだけ入れとくから」と借金しているのにえらそうな親の態度を理不尽に思った記憶もあります。     
 成島治平氏は、昭和2年から6年まで14代甲府市長を務めた方ですが、甲府市錦町の薬舗「木綿屋」の当主でもありました。この成島氏は、裁判所に隣接する現在の中央公園にあった明治43年築の県立病院にレントゲン装置を寄贈され、山梨県でも初めてレントゲンによる診断治療が実施できるようになったことでも著名です。
また、昭和6(1931)年5月に設立された山梨水晶工業組合の初代理事長も成島治平氏が務めていますから、甲府の地場産業と云われる宝飾産業の確立にも尽力された方です。錦町木綿屋がいつ消えてしまったのか?この達筆かつ自然な運筆の書は?・・とこのお帳面は、マニアックな興味をかき立てます。